「Hくんの話」
数年前に受け持った生徒の話です(私は幼稚園の絵画教室の講師をしています)。
年中さん(4、5歳児)クラスの日の事です。
大抵今まで出会った4、5歳児は、絵のモチーフとして、
好きな動物やアニメのキャラクターなどを登場させたりが多いのですが、
Hくんに限っては、固執して「人体」に興味があるらしく、
絵を描く過程で必ず、何かしら体の部位が登場していました。
彼からする「人体」というのは、
内臓、骨、筋肉、血液、ハゲ、下ネタ全般です。
さてその日は、みんなでしりとり遊びをしながらお絵描きしようという事にし、
自分の言った言葉を絵に表したら、
後でママに何をしりとりしたのか当ててもらおうという流れでした。
まず私が幼稚園名「⚪︎⚪︎い」で始め、
すぐそばにいたHくんからの「い」でスタートとなりました。
よく奇抜な事を言うHくんなので多少不安はありましたが、
「Hくん、“い”だよ、“い”で始まるの何があるっけ?」と促しました。
さすがに人体好きだからといって「胃」と言ったりするんじゃないかと推測しましたが、
まだそこまで気の回る年齢ではありません。
そこはHくん、普通に5歳児、
「いし。」と答えました。
ここで今日の注意点です。
自分の言ったワードを、絵にしなくてはならないのです。
いつも内臓だの血だの骨だのを描いているHくんが、
ただの“石”と答えたのです。
果たしてHくんがおとなしく石を描いてくれるのだろうかと不安を抱きつつ、
無理に人体周りを描くよう勧める必要もないので
私は「あぁ!いしねぇ!」と言い、次の子に回しました。
いし→しお→おにぎり→りんご→ごりら→らっこ→こいぬ→ぬいぐるみ…
などと、幸いにもしりとりは順調に進みました。
それぞれ、自分の言った言葉を絵にしていきます。
「りんごすごくおいしそうじゃーん」 「らっこってむずかしいよねぇ」
などと皆を見て回っていると、
Hくんが、私のところへ来てポンポンと肩を叩き、ボソリと言いました。
「ねぇ出口せんせい、おれ、いし描きたくねえ」
… やっぱり。
そう来ると思った。
「でもさ、今日しりとりなんだよなぁ。
どうしよう、Hくんがさいしょの“いし”描かないと、しりとりがわかんなくなっちゃうなぁ〜」
と私はとても困ったリアクションをしてみせました。
が、効果はゼロです。
そこでHくんの一驚の一言。
「おれ、いしじゃなくて、おんなのハダカが描きてえ」
…。
私は面食らった後、冷静に考えました。
ごもっとも。
そりゃ誰だって、ただの石なんかより
女のハダカを描く方が面白いことくらい私だってわかります。
そこで私は
「そうだよねぇ…、 じゃあさ、いしを描いた後で、おんなのハダカ描いたらどう?」
と提案しました。
Hくんは神妙な顔で考え、
「じゃあそうする」と納得した様子で席に戻り、沢山の石を画用紙いっぱいに描いていました。
その様子を見てホッとし、他の子のところに回って、
しばらくしてまたHくんの様子を見に行くと…
壮大な石群の中に一人、
オノ・ヨーコのような出で立ちの裸の女が描かれていました。
岩場の全裸のヨーコなど私は一度も見たことはないのですが、
それくらいに60年代の前衛芸術感漂う、
どこかサイケデリックな作品が出来上がっていたのです。
結果、ママ達に見せる際には、
しりとりとしては、初っぱなから既に意味不明の絵となっていたのですが、
過程を説明することで何とか伝わりました。
その後、Hくんは
「深海に潜りたいから」
と絵画教室を辞めてしまったのですが、
今でも強烈に記憶に残るステキな感性を持ち合わせた男子でした。
今ではきっと尚、興味深い小学生になっている事と思います。
数年前に受け持った生徒の話です(私は幼稚園の絵画教室の講師をしています)。
年中さん(4、5歳児)クラスの日の事です。
大抵今まで出会った4、5歳児は、絵のモチーフとして、
好きな動物やアニメのキャラクターなどを登場させたりが多いのですが、
Hくんに限っては、固執して「人体」に興味があるらしく、
絵を描く過程で必ず、何かしら体の部位が登場していました。
彼からする「人体」というのは、
内臓、骨、筋肉、血液、ハゲ、下ネタ全般です。
さてその日は、みんなでしりとり遊びをしながらお絵描きしようという事にし、
自分の言った言葉を絵に表したら、
後でママに何をしりとりしたのか当ててもらおうという流れでした。
まず私が幼稚園名「⚪︎⚪︎い」で始め、
すぐそばにいたHくんからの「い」でスタートとなりました。
よく奇抜な事を言うHくんなので多少不安はありましたが、
「Hくん、“い”だよ、“い”で始まるの何があるっけ?」と促しました。
さすがに人体好きだからといって「胃」と言ったりするんじゃないかと推測しましたが、
まだそこまで気の回る年齢ではありません。
そこはHくん、普通に5歳児、
「いし。」と答えました。
ここで今日の注意点です。
自分の言ったワードを、絵にしなくてはならないのです。
いつも内臓だの血だの骨だのを描いているHくんが、
ただの“石”と答えたのです。
果たしてHくんがおとなしく石を描いてくれるのだろうかと不安を抱きつつ、
無理に人体周りを描くよう勧める必要もないので
私は「あぁ!いしねぇ!」と言い、次の子に回しました。
いし→しお→おにぎり→りんご→ごりら→らっこ→こいぬ→ぬいぐるみ…
などと、幸いにもしりとりは順調に進みました。
それぞれ、自分の言った言葉を絵にしていきます。
「りんごすごくおいしそうじゃーん」 「らっこってむずかしいよねぇ」
などと皆を見て回っていると、
Hくんが、私のところへ来てポンポンと肩を叩き、ボソリと言いました。
「ねぇ出口せんせい、おれ、いし描きたくねえ」
… やっぱり。
そう来ると思った。
「でもさ、今日しりとりなんだよなぁ。
どうしよう、Hくんがさいしょの“いし”描かないと、しりとりがわかんなくなっちゃうなぁ〜」
と私はとても困ったリアクションをしてみせました。
が、効果はゼロです。
そこでHくんの一驚の一言。
「おれ、いしじゃなくて、おんなのハダカが描きてえ」
…。
私は面食らった後、冷静に考えました。
ごもっとも。
そりゃ誰だって、ただの石なんかより
女のハダカを描く方が面白いことくらい私だってわかります。
そこで私は
「そうだよねぇ…、 じゃあさ、いしを描いた後で、おんなのハダカ描いたらどう?」
と提案しました。
Hくんは神妙な顔で考え、
「じゃあそうする」と納得した様子で席に戻り、沢山の石を画用紙いっぱいに描いていました。
その様子を見てホッとし、他の子のところに回って、
しばらくしてまたHくんの様子を見に行くと…
壮大な石群の中に一人、
オノ・ヨーコのような出で立ちの裸の女が描かれていました。
岩場の全裸のヨーコなど私は一度も見たことはないのですが、
それくらいに60年代の前衛芸術感漂う、
どこかサイケデリックな作品が出来上がっていたのです。
結果、ママ達に見せる際には、
しりとりとしては、初っぱなから既に意味不明の絵となっていたのですが、
過程を説明することで何とか伝わりました。
その後、Hくんは
「深海に潜りたいから」
と絵画教室を辞めてしまったのですが、
今でも強烈に記憶に残るステキな感性を持ち合わせた男子でした。
今ではきっと尚、興味深い小学生になっている事と思います。
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出口かずみ
佐賀県うまれ。絵本作家、イラストレーター。
マァヘイくんシリーズの絵本など、ユニークな作品が多い。
当店でも「小人とよむしりとりえほん」などの豆本が大人気。
「ポテトむらのコロッケまつり」(作:竹下文子/絵:出口かずみ/教育画劇)が出版されました。
≫ 出口さんの豆本など http://rusuban.ocnk.net/product-group/67/0/photo
≫ 出口さんのHP http://www.deguchikazumi.com/
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