出口かずみweb連載エッセイ・第6回 『おじさん』



「おじさん」


阿佐ヶ谷にいた頃、「1000円おじさん」という方が出没していました。
駅周辺の人に話しかけ、1000円をたかるおじさんの事です。
私もたかられた中の一人です。


ちょうどボンヤリしている時に話しかけてくるので、
あれ、この人知り合いだっけ…?と記憶を巡らせてるうちに、
おじさんの図中にかかってしまうパターンなのです。

確か、どこかでお金を無くしたとかいう経緯から
「だから1000円ちょーうだい!」と言われ(チャーミングに)、
途中で、ハッ!誰だこの人⁈となり、慌てて「すいません」と丁重にお断りしたのを覚えています。


そして一年ほど経ったある日、
何と、またもや1000円おじさんが私に話しかけてきたのです。
おそらく前にも一度私に話しかけた事など忘れ ているのでしょう。

しかしニ度もたかられるなんて、
私は何とまあ1000円よこしそうなマヌケ面をしていることよと、少しだけ落ち込みました。

2度目のその時ももちろん私はボンヤリしていたし、おじさんの顔も忘れていた為、
うっかり無視し損ね、話を聞いてしまったのです。


「あのね、髪がすごーく伸びちゃって、切ろうかと思っててね」

「へぇー」

「そこのエスカレーターの横(の店)、1000円で切ってくれるんだよ」

「へぇー、そうなんですか」


「だから、1000円ちょーうだい!」

と、

一通りの会話のあとチャーミングにたかられるところまでいったところでやっと、
ハッ!このおじさんは!と思い出して、

「それは、あの、いやです!」

と、以前のように慌てて丁重にお断りしました。



それ以来、私はそのような怪しいおじさんが近づいてくると、
1000円たかられるのではないかと恐れ、身を構えることにしたのです。

それに加え、ここ数年で、道を訊くフリをしてフルーツを売りつけてくる
AAA風の軽めな若者もするりとかわせるようになっているのです。




そしてこの夏の出来事です。

バス停でバスを待っていたある日のこと。


向こうから、ダルダルのTシャツの、歯抜けのおじさんが
自転車でこちらに向かって来ているのがわかりました。
遠くからでも歯抜けだと分かったのは、おそらく笑顔だったからでしょう。

こ・れ・は…

もちろんピンときました。


1000円おじさんの記憶が蘇ったのと共に、
久しぶりに私の「変質者ではないかバロメーター(※エッセイ第一回目参照)」が作動したのです。


私は防御態勢として、携帯電話に集中しているフリをしました。
が、おじさんは私の真後ろに来たところで、キキーッとブレーキをかけたのです。

私は、体の何処かにグッと力を入れて身を構えました。



しかしおじさんは東の空を指差し、

「おねえさん、虹出てんの知ってる?」

とだけ言い、すぐにその場を立ち去ったのです。


私は呆気に取られ、空に掛かるキレイな虹を見、
そして急いで「あぁ!ほんとだっ!」と、わざとおじさんに聞こえるように言いました。
おじさんはヘヘッと笑い、風のように去ってしまいました。



疑ってごめんなさい…

私が身構えたおじさんは、
ただの「虹を教えたい歯抜けおじさん」だったのです。


私は、普段は美しい風景や自然現象など写真におさめる人間ではないのに、
そしておじさんはもうその場には居ないのに、
何故か、罪滅ぼしのつもりなのか、パシャパシャと虹の写真を何枚も撮りました。

この行動、おじさんに伝われ!の思いだったのです。

バスが到着して座席に座ってからも、何故か私はパシャパシャ虹を撮り続けました。
近くに座っていた親子の子供が母親に「あの人なに撮ってんの?」と訊き、
母親が「あんまり見ないの」とたしなめていました。

少し、自分が不審がられる側の気持ちになりました。

これも罪滅ぼしなのです。



普段、見た目で判断する奴なんぞは最低だと思っていても、
私も知らず知らずのうちに、キレイな空に目もくれず、
見た目だけで色々と 勝手で失礼な判断をしてしまっているんだなぁと反省しました。








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出口かずみ

佐賀県うまれ。絵本作家、イラストレーター。
マァヘイくんシリーズの絵本など、ユニークな作品が多い。

当店でも「小人とよむしりとりえほん」などの豆本が大人気。
「ポテトむらのコロッケまつり」(作:竹下文子/絵:出口かずみ/教育画劇)が出版されました。


≫ 出口さんの豆本など http://rusuban.ocnk.net/product-group/67/0/photo

≫ 出口さんのHP http://www.deguchikazumi.com/

 

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